ぼーっとすることの大切さ

「ぼーっとすることの大切さ」って変な言葉ですが、エネルギーに敏感な人であればこの言葉も理解できると思います。私の場合この世界に入ってきた最初のころは、2年くらい「ぼーっとする」状態が続いていたのですが、その意味合いというと、三つほどあります。

その1 上位世界での仕事

意識的かどうかに関わらず霊的な活動をしている人の場合は、「ぼーっとすること」というのはとても大切です。

神道や密教、キリスト系の秘儀などあちこちで言われていることですが、御霊(みたま=分身としての魂)はいくらでも複製して活動が可能で、必要に応じた御霊分け(みたまわけ)を行って、自分の分身を霊的な上位世界で活動させることができます。
御霊が霊的な上位世界で活動している状態では、こちらの世界である三次元界的には「ぼーっ」とした感じになります。こちらの世界では「ぼーっ」っとしているのですが、あちらの世界では活発に動いている状態ですので、単にサボっている人とは分けて見る必要があります。

ただ、「ぼーっ」とする度合いは人によって強弱があって、その状態で日常生活ができる人から、生活が止まってしまう人まで様々です。私の場合は仕事できなくなりました(笑)でも、ちゃんと上と繋がっていれば、そういう状態でも大丈夫なように、月のうち半分仕事すればちゃんと生活できるような仕事が来たりすることになります。

その2 エネルギー転換

こういう時期なので、自分のエネルギー転換を行っている人が沢山いるのですが、これまでのエネルギーパターン(行動パターンと言ってもいいかも)を捨てて、新しいエネルギーパターンにシフトするときは言わば脱皮みたいなものですから、無理矢理にでもおとなしくしておくことが必要なことがあります。つまり、「ぼーっとサボっている」のではなく「ぼーっとするのに忙しい」のです。エネルギー転換の前準備としてぼーっとすることによってエネルギー転換がスムーズに行うことができるようになります。

意識レベルが高い状態だと、エネルギーが活発に動いている状態なので、その状態でエネルギー転換を行うのは難しくなります。人によってはその状態でもやらざるを得ない場合があるのだけど、そういう場合は突然病気にかかったり、仕事できなくなったりなど、ハードな転換になります。ぼーっとすることで、そういうハードな転換でなく、スムーズな転換ができるので、「ぼーっとする」という状態はとても大切です。

その3 瞑想・悟り

瞑想・悟りに必要なことは、無心になることです。ただし、無心だからといって、全ての活動がストップしてしまうと、死んでいるようなものですから、そうなってしまうのではなく、精神的には、ぼーっとはしているが魂は活発な状態というものがあり、これは一種の覚醒状態とも言うことができます。瞑想しているときも、同じですね。
無心であるが、停止はしていないというバランスが取れるようになると、良い瞑想ができるようになります。座禅なども一種の瞑想法になりますが、これらも心は空っぽだが魂は活発である、という状態を作るのには良い方法のひとつです。