自分が見えない、明日が見えない

今年は、大きな変化の時なので、「自分が見えない、明日が見えない」というのは、間違いではありません。大きな変化の真っ最中なので、「自分が見えない、明日が見えない」というのは、正しい反応です。

つまり、これまでの流れから、新しい流れに急速に変化するときは、先の見通しができないのは普通のことです。なので「自分が見えない、明日が見えない」という状態を不安に持つ必要はありません。見えないのは、正常な反応であるということです。

これまでは、リニアな変化の時代であったのに対して、これからは断続的な変化の時代になるので、過去の延長線上に未来があるわけではありません。

そのため、過去の延長線上で想像したり期待するというのは、結果的に不安を増大します。

大切なのは、過去に囚われず、真に望む未来をイメージすること、そしてそのイメージに向かって進むことです。

コメント

  1. ぽんた より:

    ♫明日はどっちだあ~(じゃかじゃーん)
    本厄の時もこんな感じでしたーーー。
    直下型地震への不安は続行してしまいますね、最近余震多めですし。
    子之神社の宮司さんのブログも気になっています。

  2. たけ より:

    お久しぶりです。ご無沙汰しております。
    この記事の内容、今のわたしの状況をずばりと言い当てられてます。
    先が見えなくて、でもイメージだけは、想像力だけは働かし続けています。
    それでOKなんですね。
    自分でもこれでいいと思ってはいたんですが、この記事を読んでさらに安心感が増しましたね。
    ありがとうございます。

  3. あけ より:

    先が見えないのも、
    それはそれで
    楽しいかも…。
    むしろ、
    先が見えるより
    ずっと楽しいかも…なぁんて。
    見えない分、自由だしね。
    拡がるし。
    とりあえず、行ってみよう!って感じです。
    …って、わたしがただ、ノンキなだけ?(笑)

  4. tanaka より:

    先日のカウンセリングでもお話したのですが、
    私は今、楽しくて楽しくて仕方ないです!
    確かに自分は見えません。でも、どんな自分が出てくるか楽しみです。
    確かに明日は見えません。でも、楽しくなるだろうという確信めいたものがあります。
    拘束具が外れかけている感じです。
    この変化の年を通じて、本来の自分を取り戻します。