海と地震

この日は、朝5時ごろに目が覚めて、「房総半島の南部に行かなきゃ」というマスター意識があるのだけど、行きたい場所があるわけでもなく、自宅でやる仕事もあるので、意外な感じだけど、やはり「行かなきゃ」ということで、9時過ぎにようやく車を出します。

いつもなら、東京湾横断道路(アクアライン)で行くのに、なぜか今回は、東京湾フェリー。自宅からだと、フェリーの方が、時間もかかるし、トータルでは高くつくのにもかかわらず、こちらを選択します。

※アクアラインは、通常料金であれば片道3000円でフェリーとほぼ同額なのですが、社会実験中(期間限定)なので、片道800円とかなり安くなっています。

フェリーが近づいてきて、

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接岸すると、金谷から久里浜に来た車両が出ます。

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その後、このフェリーに乗り込んで、金谷へ。

フェリーが出航すると、沢山のトビやカモメさんたちが船についてきます。

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(沢山写っている写真で数えると、20羽以上飛んでましたから、全体では30-40羽くらい?)

この日は、天気も良く風もないので、海も穏やかで、春の陽気。

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この穏やかな海を見ていて、気付いたことがあります。

2011年の大津波によって、自分自身の中に、海に対する「ある種の恐れ」、「対立」という感情があり、そのため、それ以来、フェリーも船も乗っていませんでした。しかし、それが自分自身が次のステップに進むための障害となっているということです。

次のステップに進むには、自分と海との関係を戻す(和解する)ことが必要なのですが、それには、船に乗って穏やかな海の中を進むことが一番の解決になる、ということに気が付きました。

そして、フェリーを降りた後、金谷から房総半島南部の太平洋側である白浜へ、そして鴨川まで海岸沿いを春風と一緒に走って、海は恵みの元であり、生命の源であり、海って本当は優しいんだと実感しました。

スピリチュアルな道を進むとき、生命の源である海に対して、恐れを持ったり、対立するということは、地球と対立し、自分自身の生命の基盤と対立するということです。2011年の大津波で、そのような感情を持っている人も多いかと思いますが、人と海との関係を、本来の姿に取り戻すことが必要です。

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その後、マスター意識は、なぜかマザー牧場を目指す。鴨川から鹿野山を目指して、房総スカイラインで山中を進みます。路面は乾燥していますが、道端にまだ雪が残っていて、海岸沿いがもう春なのに対して、山中にはまだ冬の名残。

途中の、鹿野山九十九谷で休憩。

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その後、マザー牧場に進みゲート前まで来たものの、海岸と比べると、マザー牧場周辺は肌寒く、一部ではまだ雪も残っているので、入場に抵抗していたら、やはり入ると言う。それでも抵抗して、「九十九谷で本を読む」と言ったら、「それなら良い」とのことなので、九十九谷の駐車場に戻り、駐車して、読みかけの本を読んでいました。

駐車場で、樹木からこぼれる太陽の光の写真を撮影。(EXIF情報を見ると、16:13)

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そして、車を出したのが、16:20分頃。

帰りは、東京湾横断道路(アクアライン)を通り、首都高に出てラジオを付けたら、地震の情報が・・・

16:23分頃、栃木県北部で震度5強の地震。

※地震画像は、ウェザーニュースのiPhoneアプリから引用

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この地震の時間帯に居た、鹿野山九十九谷は、

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になるので、ちょうど地震を避けて、安定した場所に移動していたことになりますね。

状況としては、2011年4月の遠隔セッションの時と良く似ていますが、直近の地震に対して、あらかじめ知ることなく、揺れない場所に自然と移動するというのは、野生動物たちにも良くみられる現象です。

野生動物(昆虫などもふくめて)は、ワンネス度が人間に比べるとかなり高いので、地球の声が自然に聞こえるということになります。そのため、大きな災害があるときには、そこから事前に移動する(逃げ出すではない)ことになります。

人も、地球の声が自然に聞こえるようになれば、安全なところに、引き寄せられるように移動するようになります。私自身これまで、何度も経験していますが、そういった声あるいは、意識から湧き上がってくるものを感じたときには、その声に従ってみることはとても大切です。

声を正しく捉えることが出来ていれば、自然な形(スムーズ、ぴったり)で結果が出るようになります。

今回は、そのことを、自分自身で再確認するとともに、みなさんにお知らせするために南房総に出かけたということのようです。

(関連記事)

本日の遠隔セッション (2011/04/11)(リンク
動物の地震予知能力(リンク

(参考リンク)

鹿野山九十九谷展望公園(リンク
鹿野山九十九谷(リンク
マザー牧場(リンク

コメント

  1. えいじ より:

    「自分と海との関係を戻す(和解する)」とは大変重い言葉です。
    多くの人々が災難に見舞われ、うちしがれていますが。
    悲しんでいたところで何も始まらないと考えている自分は非情なヤツと思う人も多いでしょう。悲しもうが悲しまいが、日々生きているのです。
    東日本大震災からまもなく2年が経とうとしています。
    お仕着せとしか感じられない「絆」「がんばろう」のキャンペーンはだいぶ減ってきています。私にはキャンペーンは悲しんでいるふりのようにしか思えません。ある種の差別と思うのは考えすぎなのでしょうか?
    本当の支援はキャンペーンでなく震災前と同じようにかかわりを持ってくれることです。
    いつまでも悲しんでいられないのです。
    原発事故の風評被害を被る我が住む福島県もいずれそう遠くない日に
    原発(首都圏の住民と政府という意味を込めて)との和解が進むことを望みます。

  2. EMI より:

    移動すると言えば、逆にその時その地に呼ばれるパターンもあるように思います。
    そしてそれもまたワンネスなのかもしれないなぁと感じました。

  3. 八雲 より:

    えいじ さん
    私にはキャンペーンは悲しんでいるふりのようにしか思えません。
    東京でカウンセリングをしていると、3.11で起きたことについて、無意識の中に、
    「自分は何が貢献できるのかわからない」
    という悩みを持っている人が以外と多いことに気が付きます。
    悲しんでいるふりというよりは、何もできない(という思い込み)からくる悲しみがそう見えてしまうのかもしれません。