ノンデュアリティからスピリチュアルを再構築する:過去生(その2)

(その1)から続き(リンク

初めて長篠古戦場に赴いた時のことですが、供養するための米や線香を粉にしたものを持参し、古戦場で撒いて供養を行いました。

その場に行くと、かつて自分の部下であった戦士が古戦場にとどまっていることがはっきりと認識できるので、一人一人を供養することができ、自分の部下の供養を終えると、最後に粉が一掴みだけ残りました。そしていきなりこれまで来た方向とは反対の方向に進んで、どこかに向かって脇目も振らずに歩いていきます。

長篠古戦場に来たのはこの日が初めてであり、その方向に何があるのかも判らないにも関わらず、まるでこの先に何があるのかを知っているかの如く進んでいきます。古戦場近くにある幼稚園の裏側に進むとそこには広場があり、さらに奥に向かって進むと小さな塚があり、そこに最後の一掴みを撒いていました。その塚を良く見ると自分の過去生の塚であり、まず最初に部下を供養してから、最後に自分自身の過去生の供養を行ったことに気が付いたのです。

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最初の供養が終わり自宅に帰ると、しばらくは何事も無かったのですが、ある日の朝目覚めて鏡を見ると、身体に青々とした青あざが出来ています。寝てる間にどこかにぶつけたのかと思いましたが、痛みがあるわけでもなく、ぶつけた記憶もありません。その青あざは、昼頃にはきれいに跡形もなく消えていたので、ぶつけたということでも無いようです。

その後、しばらくは毎日のように朝起きると体のどこかに青あざが出来て、昼頃にはきれいに跡形もなく消えているということが続きました。青あざは、体の前面にまるで刀で切られたように細長いものだったり、槍で突かれたような丸いものだったり、まるで戦った時に受けた傷のような姿形をしていました。
やがて、過去生において戦場で戦っていた頃の傷が青あざとして現れているのだということに気が付くと、その後青あざが出て来ることは無くなりました。

過去生に関わる実体験は出雲時代や他にも色々ありますが、武田時代は最もリアリティのある体験です。

(その3)に続く(リンク