スピリチュアルに温泉を解説

スピリチュアルに温泉を解説

温泉について

地球ヒーリングのワーク(2008年8月)の後に、自分自身のエネルギー変化を感じて、「湯治」が必要という初めての感覚になり、その時に行ったのが、
・箱根 姥子温泉
・草津温泉
の二つです。

温泉とは大地のエネルギーを取り込むことができるパワースポットだと考えています。

姥子温泉に行って感じたのは、「疲れが抜ける」ということです。これは、温泉に浸かることで、たまっていた疲れが抜けていくという効用があり、疲れが取れて、リフレッシュできるということです。

一方で、草津温泉は、温泉番付では東の大関(当時は横綱がないので、大関が相撲における最高位)であるということで、興味があって行ってきました。草津の湯に浸かって、感じたのは「疲れが取れない」ということです。
これはあくまでも姥子温泉と比較してということですから、草津は疲れが取れない温泉であるということではありません。

草津温泉で感じたのは、疲れが取れるかどうかということではなく、体の細胞の一つ一つが活性化されて行くということです。活性化されることで、結果として疲れが取れるということもあると思いますが、それはあくまでも副作用ということです。

また、草津温泉で感じたのが、湯あたりしない、ということです。普通温泉などでは、何度も湯に浸かると湯あたりして疲れてしまうのですが、草津では湯あたりを感じることがありませんでした。草津では、三泊したので、初日1カ所、二日目2カ所、三日目2カ所と内湯と外湯を廻っていました、特に外湯では、おおむね三回湯に浸かったり、外に出て涼んだりしていますので、合計では10回以上湯に浸かっている計算になりますが、一度も湯あたりということを感じたことがありませんでした。これも、やはり細胞の一つ一つが活性化されて行く温泉であるからだと思います。

草津温泉は、代表的な湯治の湯になりますが、現代は医療が進歩して、病気を治すのは病院ということになっていますが、その昔では病院というシステムもなく、自然の力を借りて病気を治すというのが主流だったのだと思います。そういった意味では、草津の湯というのは、人の活力、言い換えるなら自分自身の自己治癒能力を高めてくれる湯であり、その結果として病気を克服できたということだと思います。

しかし、現代では、病気は病院で、という流れになっているので、現代の温泉番付では、自己治癒能力を高めてくれる湯という要素はそれほど重視されなくなり、設備や食事など本来の温泉の持っている力とは別の要素で評価されてきているのだと思います。

温泉を選ぶ

良い温泉に入ると、色々と良い効果があります。ならば、温泉ならどこでも良いのかというと、ちょっと違います。

その1)どれだけ掘ったの?

近年はボーリング技術が発達したため、あえて言うなら、どこでも温泉が掘れるという時代になってしまいました。それが良いことなのかどうかは、そのボーリング会社の技術者さんでもちょっと迷うところがあるとのことです。
どこでも、2000mほどボーリングすると、地熱などの関係から、温泉の定義に入るものを掘り出すことができます。
最近、街中や郊外で、天然温泉をうたっている施設が増えていますが、それはこういったボーリングで掘ったものになります。しかし、これが本物の天然温泉なのかというと、かなり疑問です。

その2)どれだけ入湯するの?

本来の天然の温泉であっても、噴出する湯量は限りがありますので、それが入浴者全員に行き渡るかどうかという問題があります。
箱根のある温泉については、

湯量 > 入浴者数

なので、掛け流しでも良いのですが、それでも土日のピーク時を考えて、循環式併用の温泉設備になっていました。
一方で、奥多摩のよく知られた温泉では、

湯量 << 入浴者数

になっており、とても十分な湯量を確保できていません。
そうなると、温泉施設側では、入浴者数が多い分だけ、沢山の塩素を温泉の中に投入することで、衛生面を保つことをするようになります。しかし、入浴者数が多いということは、湯垢などの水質低下もおきるため、とても良いお湯とは言えない状態になってしまします。
そんな温泉に入るのでは、温泉の効果どころか、逆効果になってしまいます。
先日行った奥多摩の温泉もまさにそれで、これなら都内の銭湯や、郊外のスーパー銭湯の方がよっぽどましと言える状態でした。

なので、温泉といってもホンモノから、ホンモノとは言えないものまで色々あり、注意が必要です。
ということで、どの温泉が良いのかについては、江戸時代の温泉番付がひとつの参考になります。

Wikipedia温泉番付(リンク

こちらに出てくる温泉は、古くからあり、効能が認められている温泉だということが言えます。

良い温泉かどうかを見分ける方法

「良い温泉のエネルギーというのが良く判らないのですが・・・」
という質問を頂くことが時々あります。

実際に温泉に行った時に、良い温泉かどうかを見分ける、簡単な方法があります。
それは、『湯船に浸かっている人の数』です。

●泉質が良い温泉の場合
湯船に浸かっている人の数 > 湯船の周辺で休憩している人の数

●泉質が良い温泉ではない場合(設備だけは良いような場合)
湯船に浸かっている人の数 < 湯船の周辺で休憩している人の数

湯船とその周辺に居る人の数から、湯船に浸かっている人の数を比較するだけですから、これは、誰にでもできる方法です。

良い温泉に行くと、湯船が混雑してます。もちろん時間によって、混雑したり空いたりはしますが、それでも湯船とその周辺に居る人の数からすると、湯船に浸かっている人の数の方が明らかに多いということになります。

それは、良い温泉に行くと、
・長く浸かっていたい
・何度も浸かり直したい
のどちらかになるからです。

どちらになるのかは、泉質やお湯の温度などが関係します。草津のように熱い温泉の場合は、長く浸かるのではなく、何度も浸かり直すということになります。
なので、良い温泉の湯船は混雑します。

そういう方法で見分けながらいくつかの温泉に行ってみると、やがて泉質とか温泉のエネルギーの違いというものが判るようになってきます。

温泉と湯治

温泉を二つに分けると、「陽の温泉」と「陰の温泉」に分けることが出来るようです。
ここで言う、「陽」「陰」というのは、人の身体エネルギーへの働きかけの違いによるものです。

■陰の温泉
身体エネルギーへの働きかけが「陰」であるというのは、身体エネルギーのうち、本人が必要としないものを温泉が引き取ってくれる、つまり身体エネルギーの過剰な陽である疲れを取り去ってくれるものです。

■陽の温泉
身体エネルギーへの働きかけが「陽」であるというのは、身体の一つ一つの細胞にエネルギーを与えて、活性化することで、人体の活力を取り戻すというものです。

「陽の温泉」は、身体の活性化により、湯治という効果が現れてくるのだと考えています。なので、いわゆる湯治の湯として知られている温泉が持っている性質というのは、「陽の温泉」になると思います。

今回、感じたのは、箱根などの温泉が疲れを癒す(落とす)のに対して、草津の温泉では湯温度が高いこともありますが、疲れを癒すということは感じず、むしろ細胞のひとつひとつが活性化しているということです。
三日目からは、その効果を身体的に実感できます。まるで違う身体になったかのように変化しています。今回は、明日で草津からは離れるのですが、七日間ずっと草津の湯に入っていれば、さらに身体エネルギーが変化したであろうことは、容易に想像できます。

温泉の特性

まず、温泉というと、「温泉=疲れを癒す」というイメージがあると思いますが、このイメージに会わない温泉も沢山あります。
私が、江戸時代の温泉番付に注目している理由は、この番付が、温泉の泉質をあらわしていると考えているからです。
では、泉質とはどういうことなのかというと、番付の上位がどういう意味合いを持っているかということですが、下図のイメージで説明すると、

上位
↑  = 身体の活性化


中位  = 両者のバランス


↓  = 身体の癒し
下位

こんな感じになるかと思います。

番付上の、上位の温泉は「身体の活性化」を行う温泉であり、下位の温泉は、「身体の癒し=疲れを取る」温泉であると言えるのではないかと考えています。

江戸時代では、現代のように医療が進んでいるわけではなかったため、「温泉」「湯治」はそのころにおける医療の重要な位置を占めていたと思われます。なので、番付も温泉の医療的な効果を中心に作られていると考えており、そのため現代の温泉の主たる目的である「癒し」とは意味合いがずいぶん異なることになっていると考えています。

温泉番付上位の温泉としては、「草津」「有馬」が代表的ですが、この温泉のどちらも、"疲れが取れる温泉"ではありません。そういった効用を期待すると、期待はずれになります。この温泉はいずれも「湯治」の温泉として有名ですが、湯治の温泉をいくつか経験したところで言えば、「湯治」というのは、温泉の力で体を治す(言い換えるなら、身体を活性化する)温泉であるので、疲れを取るには向いていません。

一方で、番付下位の温泉は、疲れを癒す温泉になると思いますので、疲れを取る効果が高い温泉になると思います。

ここでは、番付上位・下位ということで書いてますが、これはあくまでも、効用をどう表現するかであり、その温泉の価値が高いとか低いとかを言っていることではありません。
人は、それぞれ色々な状態を持っていますから、自分自身に合った温泉を選ぶ上での目安として考えてもらえればと思います。

温泉の泉質

色々と、温泉を廻ってきていますが、まだまだ廻った数は少ないです。
それでも、分かってきたことがあるので、こちらに書いておきます。

(1)温泉はあくまでも、泉質が重要

デザイナーズ温泉とか、露天風呂を自慢する温泉がありますが、温泉とは何かを考えたとき、他では体験できないこと、他の場所にはないこと、が重要であると考えています。自慢が、設備や食事ということであれば、温泉でなくとも、勝負できる範疇です。
なので、温泉といったとき、あくまでも泉質が勝負のポイントであると考えています。

(2)泉質とは

温泉の泉質というものを考えたとき、
・循環式の設備
・塩素による消毒
といったものは、温泉の本来の良さを無くしてしまうものであると考えています。

これまで、あえて書かなかったのですが、関東のとある循環式設備の温泉に行ったことが原因と推測されていますが、右足の炎症を起こしています。温泉というのは、本来は、非常に衛生的なものであり、空気中よりもさらに衛生的なものなので、切り傷を持った人が入っても大丈夫なものです。ところが、循環式の設備では、源泉かけ流しのものとは違い、お湯を循環していることから、結果として細菌が繁殖しやすい環境になっています。それに対処するために、大量の塩素を投入するということになりますが、そこまでして作ったお湯が温泉の本来の力を持っているとは、とうてい思えません。

なので、温泉の泉質を考えたとき、
・源泉かけ流し
であることは非常に重要であると考えています。

さらに、できるなら
・自家源泉もしくはすぐ近くの源泉であること
・源泉率が高いこと
・源泉の深度が浅いこと、できれば自噴である
が求められます。

栃尾又温泉に行ったときに感じたのですが、同じ源泉を使いながらも「上の湯」と「下の湯」では明らかに泉質が異なることを感じられました。「下の湯」は源泉の真上に作られたものですが、「上の湯」はそこからパイプで引いたものになります。源泉によっては、パイプで引いてもなんら変化の無いものもあると思いますが、やはり源泉から近いというのは大切に思えます。
先日の湯河原の温泉についても、源泉の隣の宿になるので、お湯はとても良いものでした。
源泉は、場所によっては共同管理しているものがあるので、源泉からの距離が近いものというのは、難しい場合もありますが、できるだけ近いほうが良いかと思います。

源泉率とは、その名のとおりで、源泉からくみ出した湯のどれだけを使っているかということになります。理想を言えば100%源泉であるということですが、泉質や源泉の温度によっては、加水・加温が必要なことがあるので、100%がかならずしも良いとは言えません。
しかし、源泉が50%以下のお湯だとしたら、それは良い温泉とは言えないと思いますし、源泉からパイプで長い長い距離を経た湯というのも、その間に質的に低下してくることは避けがたいものがあると思います。

源泉の深度が浅いというのは、まさにそのとおりで、関東平野の最近出来た温泉は、1000m以上の深いものになりますが、それくらい掘ると掘り当てることができれば、地熱によって自動的に温泉法というあいまいな定義による温泉になってしまいます。
しかし、泉質ということで言えば、それは本当の温泉ということではなく、温泉法があまりにもあいまいな定義であることから、結果的に温泉と呼ぶことができてしまうものであり、本当の温泉とは言えないものになります。
そういった意味で、源泉の深度は、数百メートル以内であることが重要になると考えています。

温泉はなぜ効くのか

箱根にある天山湯治郷のパンフレット「天山湯治の能書」に九州大学 古賀昭人教授の小論が引用されていました。なかなか面白いので、原文を探したのですが、見つからないので、「天山湯治の能書」の抜粋を引用させてもらいます。(あんまり良い引用の仕方ではないですが・・・)

-温泉は病気に効くものではない。でも幾百の研究論文は効くといってるではないか、との反論もあるが、それは病人が治ったのであって病気が消えたと考えるべきことなのだ。つまり、「天然温泉は病気には効かぬが病人には効く」と言い換えても良い。
人間は自分自身を健康に保持する能力を持っている。その能力の欠如が病人だから、温泉は能力回復の補助手段として役に立つと言えるだろう。あくまで自分自身の治癒能力への刺激作用としてである。従って、刺激作用を持たない、或は消えてしまった温泉水は何ら効能はないということになる。

この記事では、私が行った温泉についてその成分ではなく、エネルギー的な特性を書いていますが、古賀教授はそれを刺激作用という言い方で説明しています。実際に温泉番付を見てみると、東西の横綱である、有馬と草津は成分的にはまったく異なる温泉であると言っても良いのですが、活性化ということでは、非常に似通った温泉であることからみても、温泉の効果は、成分が主たるものではないことが分かります。では、古賀教授が言うところの刺激とは何になるのか?

-温泉水はまた高温高圧水ということもできる。地下深所で高温高圧に圧縮された水は化学成分の溶存状態も一気圧、百度の地上のものとは異なるはずである。つまり、地下ではガス成分も多く含み溶解度も高いが、湧出後は圧力の低下と共にガス成分は逃げ、過剰の成分は沈殿しょうとする。地下では安定でも地表では不安定な溶液になっている。不安定は当然安定に移行する。つまり不安定な溶液ほど刺激は強く、湧出後に安定溶液になれば、その温泉の効能は消滅してしまうはずであろう。

つまり、地下における温泉の不安定な状態から、湧出したあとの安定化に向かう過程における変化が刺激だということなのですが、栃尾又温泉に行ったときにそれを感じました。栃尾又温泉では、湧出する場所の真上と、少し離れたところに浴室があるのですが、真上の方が古賀教授が言うところの刺激はしっかりとした感じがします。
やはり、温泉も鮮度が大事であるということになりますね。

温泉に行くと、大浴場を自慢している宿がありますが、これは注意が必要です。大浴場の大きな湯船を掛け流しにできるくらい、湧出する湯量が十分あるのであれば良いのですが、そうでない場合(こちらの方が多く見られますが)はほぼ循環式の浴槽になります。
循環式では、お湯を使いまわしていることになりますから鮮度は落ちます。循環式でも、土日の混雑時のみ湯質を保つために循環式を掛け流しと併用しているところもあり、循環式が全てダメとは言いませんが、温泉の泉質を大事にする宿であれば、湯船の大きさは湯量に応じたものになります。浴場の湯船が湯量に応じて小さいというのは、宿の温泉に対するこだわり・良心と言うことができます。

出典
(社)日本温泉協会・機関紙「温泉」 観光地再考への提言 古賀昭人
箱根 天山湯治郷のパンフレット「天山湯治の能書」

温泉法はザル法

湧き出している(もしくは汲み出した)ものが、温泉なのかどうかは温泉法によって定義されるわけですが、この温泉法というのが、実はザル法であるということはあまり知られていません。

日本人は温泉好きなので、温泉法も古くからあるものと思いがちですが、温泉法が制定されたのは、日本における法律の歴史からするとごく最近の話です。
温泉法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO125.html)の冒頭に制定された年月日がありますが、

(昭和二十三年七月十日法律第百二十五号)

となっています。つまり制定されたのは、戦後のことであり、温泉の歴史が紀元前からあることを考えると、ごく最近のことです。
この温泉法が出来上がる過程において、それまで(本物の温泉かどうかはともかく)温泉として営業していた宿や湯屋が法律ができたことで、温泉と言えなくなるのは、既得権益の侵害になるということから、それまで一応温泉として営業をしてきた場所の湯は全て温泉として扱うということから、温泉法が出来上がっているため、法律において定義される温泉に効能があるのかどうかということはチェックされていないのが現実です。

温泉の定義は温泉法の別表にあるのですが、別表のいずれか一つでも該当すれば温泉になってしまうというのが現実です。
以下に別表を引用すると、

(定義)
第二条  この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。

別表

一 温度(温泉源から採取されるときの温度とする。)
摂氏二十五度以上

二 物質(左に掲げるもののうち、いづれか一)
物質名 含有量(一キログラム中)
(以下省略)

上記の、一と二のいずれかに該当すれば、温泉と言う事なので、単なる温水(といっても、温水とは言い難い25度以上ですが)でも温泉になってしまいます。
単なる温水が温泉というと、温泉に抱いているイメージとは随分異なるものになりますね。
さらに、法律上では別表第二項だけでも良いので、第二項のいずれかの物質ひとつでも含有量を満たしていれば、温度が25度以下でも温泉になってなってしまうわけです。

つまり、我々がイメージしている温泉というものと、法律上の温泉では、相当な"乖離"があるということです。
こうなってしまっているのも、法律制定以前に、厳密なチェックもなく温泉とされていたものを、既得権益として取り込んでしまったからになります。

さらに、法律では湧いている(もしくは汲み出した)湯について定義されているだけで、湯船のお湯については、定義されていません。
そのため、湯船のお湯のうち大半が水道水を沸かしたもので、そのなかにほんの少し温泉を混ぜたものであっても、温泉ということになってしまいます。
こういったことは、加水といって酸性度が強くそのままでは入浴に適さない場合、加水することで入浴に適したものにすることはあり、加水そのものが悪いわけではないです。
問題なのは、ほとんどが水道水なのに、温泉と称されているような場所があるということです。

また、浴槽のお湯が循環式の場合、温泉の本来の力は落ちてしまうのですが、そういったことも法律上には定義がありません。

最近関東平野で、天然温泉という施設が増えてきていますが、これらの多くは2000mくらい地下深くボーリングしたもので、それくらいの深度になると、地熱の関係で地下水も温度が上がるため、法律上の温泉になってしまうわけです。しかしこれを天然温泉と呼ぶのはどうかと思います。温水といった方が、我々の実感に合っていますね。

こうして見ると、我々利用者にとって温泉法というのがいかにザル法であるかが分かると思います。

温泉に対するスタンスついて

世間一般的には、私の温泉に対する観点と同じ見方で見る人は、まだ少ないとは思います。
一般的には、

温泉 = 観光、レジャー、癒し

という見方が主流だと思います。
しかし、この見方はごく最近出来上がったものであり、かつては、

温泉 = 健康づくり(自己治癒能力の向上)

でした。そして、私の温泉に対する見方も同じです。
かつて温泉とは、健康をつくるための場だったのです。

現代のように、病院・医療が発達・普及する前の時代(といっても、昭和以前なので、意外とごく最近の話です)においては、温泉というのは「湯治」という言葉があるとおり、健康づくりのための場所でした。
温泉は、自己治癒能力を活性化することで、結果として病気を治し、健康を獲得するために行くものでした。
戦後の西洋系の医療の発達・普及により、病気を治す=医者・病院に行く というイメージが出来上がってきました。
そうなると、これまで健康づくりの場であった温泉は、存続の危機を迎えることになります。ちょうど、そのころ日本は高度成長期になり、働くことへの対価としてのレジャーが普及を始めます。そのレジャーブームに、温泉は(良くも悪くも)対応を余儀なくされていくことになり、温泉の泉質よりも、設備・食事といった方面に関心が強くなってしまいます。
しかも、温泉の源泉は湧出量が限られているので、客数には上限があるのですが、設備・食事といった面であれば、いくらでも客数を上げることが可能になります。こうして、温泉地は、健康づくりの場から、レジャーの場に変貌していくことになります。
温泉が、健康づくりからレジャーにじ変貌すると、利益の為に温泉宿泊施設も、沢山の人を入れるために大型化して行き、湯量が不足してくるので、加水、循環式がといった方式を取り入れていきます。そうして、泉質より(源泉ではなく、湯船の)湯量が重視されて、本来の温泉とは、違ったものになっていきます。多くの有名温泉地において、こういった現象が見られます。
しかし、これは、温泉に行くことの意味を希薄化させてしまうものです。設備・食事が売りであれば、何も温泉地でなくても、その欲求を満足させることができ、温泉に行くことの意味を失ってしまいます。つまり、長期的に見れば、自分で自分の首を絞めているというわけです。

少し前に、温泉ブームがありましたが、このブームでは、露天風呂が注目されていました。これもあくまで「設備」に注目が集まっているだけです。なので、温泉地に行くと、無理やり作った露天風呂によく遭遇します。無理やり作った露天風呂というのは、内湯のとなりに、板で(天井まで!)囲った形ばかりの露天風呂です。そんな露天風呂を、露天風呂と呼ぶのもどうかと思いますが、このブームを作ったのは、TV番組です。そんな、形ばかりの露天風呂に入っても、健康にはなりません。

温泉というのは、あくまでも、健康づくりの場ですが、昔の人は、ちゃんとわかっていました。なので、温泉番付というものが存在しています。温泉番付には、効能も書いているのですが、健康になるためには、どの温泉に行くのがいいのかを書いています。
現代の視点から見ると、ちょっとこれは・・・ というものもあるのですが、温泉番付の上位のお湯はエネルギー的に見て、良い場所が多いのも事実です。そうでなければ、現在まで温泉番付が残ってはいないと思います。

私がエネルギー的に見ているのは、そういった見方です。そういう意味で、私がやっていることは、パイオニアでもなんでもなく、かつて日本人が知っていた温泉の本当の使い方の復興ということです。

"本物の温泉" をコツコツと守り続けている方もいらっしゃいます。草津は、「泉質主義」を町全体で掲げています。ちゃんと、「湯守」として、源泉を守り続けている宿もあります。
しかし、そういうのは地味なので、メディアにはなかなか載らないのが現実です。

人気温泉地ランキング

以下の記事を読んで、違和感を感じたので、調べてみました。

-引用 ここから-

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091215-00000049-san-bus_all

また行きたい!! 箱根4連覇 「じゃらん」人気温泉地ランキング

旅行情報誌「じゃらん」がまとめた「人気温泉地ランキング2010」によると、利用者がこれまでに訪れた温泉地のうち「もう一度行ってみたい」温泉地として、箱根温泉(神奈川県)が917票を集め、調査開始以来4年連続でトップの座を飾った。交通の便がいいことなどが評価された。


2位は街の雰囲気が評価された由布院温泉(大分県)、3位は温泉の効能などが評価された草津温泉(群馬県)が続いた。
まだ行ったことはないが、一度は訪れてみたい温泉地の1位は、由布院温泉が1324票と他を圧倒した。
12月15日7時56分配信 産経新聞

-引用 ここまで-

箱根の場合、東京・神奈川・千葉という日本でもっとも人口の多い地域に隣接しているので、得票数が多いのは当然で、人気というのであれば、得票数ではなく、得票率で考えるべきではないかと思います。
湯布院が一度は訪れてみたい温泉地の一位になっていることも考えると、温泉利用者の支持率と得票数には乖離があるように感じました。

ということで、上位三位の温泉地の立地と隣接する半径100Kmの都県の人口概要をざっくりと集計してみました。
厳密には、該当観光地への流入人口をベースとして調べる必要があるのですが、ここでは観光地イメージということで、概算してみます。

【1位 箱根】
周辺都道府県 千葉県、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県
周辺人口 32240(千人)

【2位 由布院】
周辺都道府県 福岡県、佐賀県、熊本県、大分県
周辺人口 32240(千人)

【3位 草津】
周辺都道府県 栃木県、群馬県、埼玉県、長野県
周辺人口 13296(千人)

あくまでも概算ですが、これを得票数との関係を見ると・・・

【得票数1位 箱根】
得票数 917
得票率 2.8%(千人単位)

【得票数2位 由布院】
得票数 731
得票率 8.2%(千人単位)

【得票数3位 草津】
得票数 681
得票率 5.1%(千人単位)

となり、得票順位とは随分異なる結果になりますね。
この結果でみると、「一度は訪れてみたい温泉地の1位」が由布院になるのも納得できます。

じゃらんはあくまでも、予約サイトであり、予約数=売上(=収益)となるので、予約数を重視する結果として箱根を1位にしてきたということが背景にあると思います。ビジネスということを考えれば、これはこれで意味がありますが、利用者サイドで考えれば、得票率の方が実態を表していると思います。

ダメな源泉かけ流し、良い循環温泉

源泉かけ流しが、必ずいいのかというと、そうでもありません。

源泉かけ流しが良いということが言われるようになったため、とにかく源泉かけ流しという宣伝ができるようにした、名ばかりの源泉かけ流しが増えてきました。

色々と温泉に行く時に、源泉かけ流しをキーワードに検索しても、はずれを引くことが最近多くなってきました。

温泉というのは、そもそも泉質が命です。

泉質が悪い温泉を源泉かけ流しにしたところで、良い温泉にはなりません。ところが、最近はそんな名ばかりの源泉かけ流しの温泉が増えてきました。

一方で、入場者数が増えると源泉かけ流しでも、衛生管理が難しくなるため循環を併用しているところがあります。日帰り温泉として、お勧めの箱根・天山はその典型です。
なので、循環が悪いとは、単純には言い切れません。

ということで、温泉が源泉かけ流しなら良いとも言えないし、循環だからダメとも言えないのが現状です。

なので、結局は自分で行ってみて、泉質が良いのかどうかを確認するということが、基本になります。

他には、泉質をきちんと見極めている人の評価を参考にすることが、良い温泉を選ぶための方法になります。

あらためて、温泉について

温泉の評価は、色々な評価軸があるのですが、私の場合は(以前も書きましたが)泉質が一番のポイントです。

泉質というと、温泉の場合は、活性系と癒し系に分類されます。

活性系のランキングは温泉番付に現れます。温泉番付は、医療というものがそれほど発達していなかった時代に、湯治で病気を治すという考え方が重視されていたので、温泉番付も温泉の治療効果が高いところが、番付が高く、一方で癒し系の温泉は番付が低くなるという傾向があります。

第二次大戦後は、西洋医学が発達してきたので、温泉というレジャーが重視されるようになります。なので、人気が高いのは、大都市から近くて、レジャー的な要素の高い温泉が人気を集めることになります。
そのため、このころは、大浴場が重視されていくことになり、大浴場の湯を確保するために、循環式の温泉が多く作られていくことになります。

その後、レジャーも幅が広がることになり、温泉よりは海外という時代になり、温泉はレジャーから、癒しの場と言うことに変貌して行くようになり、温泉の泉質が重視されるようになり、最近では源泉かけ流しが重視されるようになります。

そして、現在では、温泉が持っている本来の力である、活性力・癒し力が注目されるようになってきました。

私の場合、温泉に行くのはレジャーではなく、疲れた体を元の状態に戻すということが目的なので、施設とか食事も大切ではありますが、何より泉質ということになります。
なので、設備がぼろでも泉質が良いと評価は高くなり、設備がゴージャスでも泉質がそれほどでなければ評価は低くなるという傾向があります。

たとえば、典型的な例では、湯河原の「ゆっくり」という温泉宿ですが、泉質がとても良いので評価が高くなります。でも施設は、ちょっと古くて、ゴージャスを求める人にはお勧めできない宿です。なので、設備を重視する方であれば、ここはあまり良い評価にはならないと思いますが、泉質を重視するのであれば、とても良い温泉になります。

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