人生に「無駄」がないのは、不幸なこと

スピリチュアル

人生には、無駄なことも必要です。

今は「無駄だ」と思えることが、将来になって役に立つことがあります。
つまり、今の時点では、その価値や意味を認識できないからこそ、「無駄」に見えているだけなのです。

自分自身の未来を100%見通せる人はいません。
だから、将来のために何かを準備するということは、ある意味では、今の自分には必要性が分からないことをやってみることでもあります。

私自身を振り返ってみても、2002年から2003年ごろは、平日はサラリーマンとして働き、土日はひたすら神社を巡っていました。
そのころは、まさか将来、今のような仕事をするとは思っていませんでした。
一般的な社会の価値観から見れば、休日を使って何のためになるのか分からない神社巡りをすることは、「無駄なこと」に見えたと思います。

でも、その積み重ねがあったからこそ、今の私があります。
つまり、そのときには無駄に思えたことが、未来から振り返ってみると、必要なことだったのです。

現代社会では、コスパ = 「無駄をなくし、効率化する」ということに一生懸命になっている人がたくさんいます。
もちろん、効率化が必要な場面もあります。

しかし、無駄をすべてなくしてしまうと、未来の可能性まで狭めてしまいます。
なぜなら、未来には何が必要になるのか、今の時点では誰にも分からないからです。

もし自分の直感が、
「今は意味も価値も分からない。けれど、なぜかこれをやってみたい」
と感じるものがあるのなら、やってみることには大きな価値があります。
それは、今の自分にはまだ見えていない未来への準備なのかもしれません。

人生に必要なのは、すべてを効率化することではありません。
一見すると無駄に見えることの中にこそ、未来につながる何かが眠っていることがあります。

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