
「人生に意味があるのか?」という問いをスピリチュアル・カウンセリングで聞かれることがあります。
その問いに対する答えは二通りあります。
その1)人生には、意味がある
その2)人生に、意味はない
一見すると、正反対の答えのようですが、どちらも正解です。
どちらも正解なんてあり得ないと思う人も多いかと思います。しかし、人生の意味という問いへの答えは、質問した人の「立ち位置」に合った答えを言う必要があるので、その立ち位置によって、答が異なります。
ここで言う立ち位置というのは、質問した人がスピリチュアル(霊性)なものを求めている、あるいは理解しているのかどうかということです。
スピリチュアルには興味があまりなく、自分の人生についての答えがほしい人には、生きていることの意味が必要なので、その1の「人生には、意味がある」というのが答えになります。
スピリチュアルに興味があり、求めている人には、その2の「人生に、意味はない」という答えになります。
人生と人生の中で起きることは、本来中立であり、それ自身は意味をもっておらず、人生に意味を与えるのは、自分自身であるからです。
つまり、人生の意味というのは、自分が与えるものであるので、人生そのものは中立であるということです。
自分自身の人生である、自分が体験する三次元のこの世界に、どういう意味づけをするのかは、自分自身が決めることです。


コメント
八雲さま
いつもお世話になります。
「私の人生終わった」と、人生どん底だった時、八雲さんにカウンセリングでこのことをお話しいただいた10年前には、このお話は自分の中では到底理解できない&納得もできない考え方でした。
今、心からそう思えるようになっています。
少しずつ成長していっているようです。
「人生そのものは中立」という言葉を目にして、あのどん底の時のお話を思い出し、思わずコメントいたしました。
> あぐさん
人生の意味については、成長して考え方が変われば、捉え方も変わりますね。
どんな時でも、人生の意味は自分自身が作り出しているのだけど、そうは思えない人もそれぞれ成長の道を進んでいるので、成長によって答えが変化していきます。
コメント、横からすみません。
失礼します。
八雲先生のお考えは、相対主義というか、
時に、ちょっと虚無的に、響くのを
私は感じております。
先生は「地球は魂磨きのための星ではない。」と
仰ってましたが、やはりこの世は「ゲーム」なのでしょうか?
幸せを感じるための、根拠(哲学や信心など)を自分で強く持たないと、
幸せを感じることが難しく感じられます。
幸せを感じるために、いつも波動を高く保つのは正直疲れます。
> たまごさん
「幸せを感じるための、根拠を強く持つ」というのは、見方を変えることが必要な気がします。
2013年の記事から引用します。
ガイドさんより:
幸せに、なろうとしてはいけない。
幸せは、常にあなたの中にある。
あなた以外がきっかけになって、
幸せを感じたとしても、
それは、あなたの中の幸せを
再発見するきっかけにすぎない。