あなたが、この世界がイリュージョンであることを理解する上で、重要なキーワードの一つが「全ては中立である」です。
この文章を読んでいるあなたは違うと思いますが、世の中の大部分の人は、「全ては中立である」という概念を持っていません。
それどころか、起きたことに対して常に、良い・悪い、好き・嫌い、善い・悪いという判断を下しています。これは、完全に自動的な習慣になっているため、習慣であることすら分からなくなっています。
つまり、起きたこと、すなわち「事象」に対して、瞬間的に、
事象 → 判断
をやっています。しかし、この判断をするためには、判断をする元となる「観念」が必要です。(観念を世界観、知見と言うこともあります)
ですから、実際には、
事象 → 観念 → 判断
ということを、無意識的かつ瞬間的に行っているわけです。
この観念というのは、一人一人異なるものを持っているので、あなたの観念と他の人の観念が同じであるという保証は何処にもありません。
事象というのは本来中立なのですが、途中に観念が入るため、起きたことを、良・悪、好・嫌、善・悪、などと色づけ(判断)してしまうことになり、そうなると正しくこの世界を見ることが出来なくなります。
あなたが、この世界を正しく観たいというのであれば、観念抜きで、起きたこと(事象)を、あるがままで中立に観ることができるようなることが必要です。
そうすると、あなたがどのような観念を持っているのかに気が付くようになります。
人が成長するというのは、観念がより有用なものへ変化するということです。すると、自動的に判断も変わっていきます。
この観念の結果つまり、判断をあなた自身で停止できるようになると、事象をありのままに観ることができるので、この世界を正しく理解できるようになります。
そして、あなたが持っている観念が有用なのかどうかを見極めることもできるようになります。
逆に、あなたが無意識的に判断を続ける限り、あなただけの固有の観念という狭い世界から抜け出すことができなくなるということになり、成長できない状態のまま留まってしまいます。
コメント
「全ては中立である」 と理解していても、つい判断してしまいます(笑)。
「知っている」 と 「出来る」 の違いですね。
言うは易し。するは難し。デス[E:coldsweats01]。
こんばんは
状況判断を手放す
占いは卒業する
どちらもここ数週間のうちに
そうせざるおえない状況を何度も体験させらられている気がしていたのですが、
八雲さんのブログを読んで、
『やっぱりそうなのか〜』
と確信できました。
全世界の流れがそういう方向になってるのでしょうか。
正直、今まで拠り所にしていたものを手放すのは苦痛や不安を伴いますが、やらないともっと苦しくなるのでしょうから、やるしかないのでしょうね。
少し覚悟できました。
ありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いします。