神仏の世界に時間は無いのを、どうやって気が付いたのか?

スピリチュアル

こちらの記事で時間が無いことを書いていますが、

神仏の世界に時間は無い
我々の日常では、時間というものを気にしながら生活しており、時間が存在するのは常識となっています。そのため、時間というものは普遍的に存在しているという思い込みがあります。ところが、物理学の世界では時間は存在しないというのが常識化しつつあります...

神仏の世界には時間があると考えている人も多いと思います。
正月初詣の多くの人出を見て「神様忙しい」と思っている人も多いです。

それが普通の感覚だと思います。
スピリチュアルの世界に足を踏み込んだ当初、私もそう思っていました。

ガイドさんに、チャネリングで道を聞きながら、初めての道を通って、初めての神社に着くということが始まった頃の話です。

交差点手前で、右か左かまっすぐか、を聞いて進みます。
交差点をどちらに曲がるのかはとても正確に教えてくれるので、後でGPSログを見ると、ほとんど最短距離のコースで神社に到着します。

ところが、交差点を過ぎるとガイドさんがサービスしてくれることがあります。
「次の交差点までしばらく走る」とか「次の交差点はすぐ近く」
と言ってくれるのですが、これが全然あてにならない。

「次の交差点までしばらく走る」と言われたのに、すぐ近くの走った交差点で曲がったり。
「次の交差点はすぐ近く」と言われるのに、延々と長い距離を走ったり。

交差点をどちらに曲がるのかがとても正確なのと比べると、距離感はまったくあてになりません。

しばらくの間この意味が分からなかったのですが、ふと物理学で時間は存在しないと言われていることを想い出しました。

距離 = 速度 × 時間

なので、時間がない世界では距離は測れなくなる。つまりガイドさんから見ると、距離は分かってないと考えると、辻褄が合います。

ガイドさんからは、道は交点と交点が繋がっている網目のように見えているようです。ただし、距離は分からないので、数学で言うところのトポロジーになっているのだと思います。
※トポロジー:長さ・面積などの量によらず、連続変形で変わらない物の形の性質を調べる幾何学

おそらく、ガイドさんの世界(神仏の世界)には時間がないということを、私自身が体感的に経験して理解するために、こういう事を言ってくれたのだと思います。

それ以降は、距離は置いておいて、交差点をどちらに進むのかだけを聞くようになりました。

神仏の世界には時間が無いと言われても、私たち人間の世界では時間を基に生活しているため、神仏の世界には時間があるという思い込みがあります。
そうではないことを体感的に経験することで教えてくれたわけです。

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