我々が生きている世界の構造は、階層的であり、さらに多次元構造を持っている。これらについて、全体像を語っている人は少なく、部分的な構造を語っている人が多く、特に霊界レベルでは、人によって語っていることが随分異なることがある。ある人の場合は、霊界の下層部分のみを説明していたり、また一方では、霊界の上層部分のみを説明していたりするので、霊界について、色々と読めば読むほど混乱するのは、霊界の階層を区分した説明になっていないため。これらについて、統合整理し、分かりやすくしたのが下表になります。ヘミシングなどでは、これらの階層をさらに細かく区分していたりしますが、分かりやすさ・覚えやすさのために簡素化しています。
存在界 |
神仏界 |
霊界-上 |
霊界-中 |
霊界-下 |
人間界 |
縦の階層構造を上位から説明すると、
【存在界】
神仏を超えた存在であり、人間界からは認識が難しいため、名前すら付けられていないレベル。個体としては存在しないため、集合のエネルギー体となる。そのため、図では球体として表現しているが、実際には3次元レベルではないので、球体になっているわけではなく、ただ広がっている高次元の意識空間のようなものである。地球上における様々な存在の根源的な階層であり、全ての地球上の存在である、神仏・天使・眷属・人間などは、ここから発している。非常に精妙で、高い周波数レベルとなる。宇宙の根源のエネルギーのレベルでもある。
【神仏界】
神様、仏様が存在するレベル。キリスト、ブッダ、アマテラスといった存在の領域。神仏は一人の個体として認識される場合もあれば、エネルギー体として、認識される場合もあるので、球体と人型の両方で表示している。神仏の中には、人間という生身の経験を持つ存在の場合は、人型としての認識がされやすく、人間経験のない神仏の場合は、エネルギー体としての認識となる。
【霊界】
霊界については、注意が必要で、色々と調べてみると、複数の階層に分かれているが、ここでは、分かりやすくするために、上・中・下という3階層で区分している。
【霊界―上】
天使や、上級霊、ネイティブアメリカンにおける動物霊といった霊界における上位存在、が位置する階層。神に近い存在がここには存在する。
【霊界―中】
人が死んで生れ変る時に通過する階層でもあり、人間に直接的に働き掛けるレベルのガイドが存在する、中位階層。ここに存在するのは、肉体を持った経験のある存在が主となるが、初めて肉体経験をするために、通過する霊的存在もある。
【霊界―下】
いわゆる、成仏していない人たちのレベル、幽界と呼ぶ人もいる。
霊界については、注意が必要で、霊界を見る・感じとることが出来る人であっても、その人の世界観によって違う世界が見えてくることになります。
つまり、霊界というのは、見る人の世界観によって、霊界の一部分が見えるということです。
上図では、それを色分けして表示しています。
これは、なぜそうなるのかというと、(続きます)
コメント
まったく、ざっくりした言い方になりますが、「宇宙(または神)は愛情のエネルギーである」という言い方をネットとかで見た覚えがあります。
上(かなり曖昧ですが)から愛情のエネルギーを地上界のわれわれが受け取れると仮定すると、この構造図だとどの辺りから産み出されているかというのはあるのでしょうか。
あっ、ついに書きましたね。
「待ってました」って人も多いのではないでしょうか。
私も、なぜ?どうなっているの?って長らく疑問だったのです。
先日のカウンセリングでお聞きして「なるほど・・・。」と納得いたしましたが、『唯一つの真実の世界』と思っていたものが、“あの世”を見る人の世界観によって見える様子が違うとは・・・。奥が深すぎます!
はぁぷさん
私の考え方は愛情ではありません。
いずれ、書くつもりです。
9かいさん
私も最初は、随分悩みましたが、まともな霊能者が語っていることが違うということは、その両方の内容を含んで矛盾なく説明できるのが解であるという考え方を推し進めて行った結果です。
「先祖供養」の記事を順番に読んできましたが、まだ結論に辿り着いていないので、早くに続きが知りたいです。
“存在界”を表すのに“太陽さん”(光り輝いている大きな存在)と書いている方がいて、私はそうイメージしています(私などがイメージした時点で、すでに違う次元、御存在なのでしょうが…)。
その光り輝くところから降りて来られる神様を想像して祈ってます。
> 喜右衛門さん
「太陽さん」というのは、私の区分では神仏界になります。
それを「存在界」の存在としてしまうのは、悟り(すべては一つ)の経験がない人から見れば、そのように見えてしまうので、致し方ない所があります。
存在界は、「ただある」という、全ては一つの領域なので、「光と影」とか「大きいとか小さい」という概念すらありません。
ヘルメス・J・シャンブ著の「”それ” は在る」という本がありますが、書名がまさにその特徴を表しています。
ただ、その領域は見えにくため、密教で大日如来を根源仏としているように、そこから現れた神仏界の太陽を根源として考えるのは間違いではありません。
密教は、現世利益を重視しており、存在界が見えたとしても現世利益につながりにくいため、そこを論じていないところがあるように思えます。
論じないということでは、ブッダが輪廻転生の問いかけに対して、「無記」という回答・言及を避けるというのがありますが、これも無用な論争を避けて、「苦しみからの解放」という仏教本来の目的を見失わないために行ってます。
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先祖供養については、あと少し書いて終わるつもりが、なかなか書けなくてそのままになってます。
ただ、その後調べて明らかになったこともあるので、少し時間はかかりますが、「新版 先祖供養」として出したいと思います。
ありがとうございます。
ご説明いただき、だいたい理解しました。
私がイメージしている“太陽さん”は神仏界なのですね。
私の現在の理解を超えたところに“ただ在る”のが存在界。
それがちゃんとわかるには“ワンネス”が真にわかった時なんでしょうね。