意味を知る

自分がやっていること・やってきたことの意味を知りたいという話も多いのですが、必ずしも分かるとは限らないのです。
私のことで話をすると、20歳の年に東京に上京してから、毎年夏は信州(小淵沢方面)に行くというのがかれこれ15年くらい続いていましたが、その意味はずっとわかりませんでした。
東京から出掛けるのだから、東海道方面や常磐、東北などいくらでも行く場所があるのに、信州ばっかり。
信州は確かに良い場所なのですが、それにしてもそちらばかり。他にもいいところはあるのに・・・
夏に出掛けようとすると、他の道(東北、常磐、東名)はなぜか閉ざされているという印象があり、最初の頃は中央道も全線開通ではなく、甲府では一般道を通る必要があるので、今に比べて時間もかかりました。
それでも、信州に行くわけです。
それがどういう意味なのかが分かったのは、40歳を手前にしたときです。
自分の過去生が武田武将であってことが分かったときです。
いわば、毎年お盆に故郷に帰っていたようなもので、信州に行く(帰る)という行為が必要だったわけです。
自分のやってきたこと、やっていることの意味というのは、すぐにわかるものもあれば、時間が必要なもの、生きている間には分からないもの、色々とあります。
隠された意味合いというのは、そのプロセスが完了した時にわかるものです。

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