災害はなぜ起きるのか

※作成 2012/07/30 18:54
※更新 2013/02/16 07:27
2013/2/15のロシアに落下した隕石について、以前作成した記事に加筆して再掲します。
今回は、彗星と小惑星の接近という観測史上初めてという天体現象に気を取られていたところに、ロシアに隕石が落下するということで、これら三つの現象は科学的には関連がないと言われていますが、スピリチュアル的に見れば密接に関連しています。関連性については、別の記事として書く予定です。
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我々は、物質的世界(あるいは制限世界)で、元の世界ではできない体験をするために、この世界に生きているわけです。
そこから考えると、元の世界を簡単に思い出すことができるようでは、この世界の体験としては薄い体験になってしまいます。そのため、この世界において、元の世界を簡単に思い出すことができないようにする枠組みが存在しています。
その枠組みの一つが災害です。
災害というのは、物質的な体験ですが、物質的な体験が真実であるかのように思えることが、元の世界ではできない体験をするためには必要なことです。なので、災害という物質的な体験というのは、この三次元世界が如何にも真実であるかのように思えるために存在しているわけです。
なので、災害というものは、それが好ましいものではないとしても。また、事の大小は別として、存在する理由があるわけです。
そのため、災害というのは、我々が予想できる範囲を超えたところで起きます。まさに、災害は忘れた頃にやってくるということです。
災害を避けるためには、逆説的ではありますが、この物質的世界(三次元的世界)が、幻想であることを思い出すことが必要になります。
(コメントへの返信記事)
スピリチュアルの理解度(リンク)

コメント

  1. JAZZMAN より:

    こんにちは。
    先生にはお会いしたことはございませんが、いつもこちらのサイトを楽しく拝見させていただいております。ためになるお話をいつもありがとうございます。
    最後の段落に「災害を避けるためには・・・」とありますが、これは単純に「災害が自分の身にふりかかることを予防する」という意味でとらえてよろしいでしょうか?
    災害というのは、今生に限らない自分の過失、すなわちカルマも関係して起きるのかと認識しておりますが、そうであれば「避けられないもの」なのかと考えております。歴史的に振り返っても、将来とても期待されていた芸術家などが若くして飛行機事故で命を落としたり、あるいは霊格が高いと思われる人物が夭折したりといったケースがあるとも思うのです。
    この場合の災害というのは、事故だけでなく、戦争や病気というふうにも考えてよいのでしょうか。戦争に巻き込まれて亡くなる人は過去にも現在にもたくさんいて、そうした人たちは戦争から逃れることができない状況に置かれることで命を落としているのだと思います。
    そういう意味で災害や病気と同じレベルでとらえてもよいのかと思います。
    つまり、災害、病気、戦争に直面するのがカルマで避けられないのだとしたら、「幻想であることを思い出しても」それは仕方がないということなのでしょうか?
    よろしければアドバイスをお願いいたします。
    JAZZMAN

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