スピリチュアルとは何か?(その3)(リンク)で、三つのスピリチュアルとして、
(1)情報のスピリチュアル
(2)探究のスピリチュアル
(3)一元のスピリチュアル
を挙げていますが、これを解りやすくするために図で表現するとこんな感じです。
(1)情報のスピリチュアルと(2)探究のスピリチュアルは、私という自我の認識が肉体という低く小さいレベルにとどまっていた状態を、神や宇宙まで拡張して行くので、自分や世界・宇宙に対する認識が根底から覆されることはなく、楽しく進んでいくことができます。
一元のスピリチュアルでは、肉体も神も宇宙も幻想であり、私は存在せず、意識だけが存在するという認識になりますが、多くの人に見られる浅い理解の状態では、世界観は(1)(2)を持ち続けることになり、知識としての一元(ワンネス)を知っているだけになります。「認識や行動の世界観は分離。知識は一元。」となり実は矛盾しているのですが、それに気が付く人はあまりいません。
真に一元のスピリチュアルに向かう場合、その矛盾と正面から向かい合うことが必要になり、(1)(2)で学んできたことが根底からひっくり返るという経験になります。そのため、混乱や疑念や迷いが生じることが少なくありません。
人間の本来の姿は、一元のスピリチュアルにあり、それに気が付いた人は、自然と真に一元のスピリチュアルに向かうようになります。そして、自分自身の認識が完全に一元となった時、その時には自分とか私も存在しない。それが悟りと呼ばれる状態です。
悟りと呼ばれる状態になると、日々の生活において、苦しみはなく平和と安らぎ、そして失われることのない愛が日常になります。
この説明でお分かりかと思いますが、(1)情報のスピリチュアル&(2)探究のスピリチュアルと、(3)一元のスピリチュアルは表現は似ていたりしますが、全く異なるもので、コインの裏と表のようなものです。そのため、人によっては、(1)(2)を経由しないで(3)に進むこともあります。
PS.
この記事を書いている私は、一元のスピリチュアルに向かっていますが、まだ道半ばです。ただその先が見えてきたので、こういう記事を書けるようになってきました。
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