ノンデュアリティにおける「生の体験」の重要さ

ノンデュアリティについて、色々な本を読んでいます。

今日もジョーイロットの「これのこと」(リンク)が手元に届いたところです。

Korenokoto

本は、本として新たな知識やものの見方を与えてくれるという意味で、とても有用なのは間違いありません。

しかし、ノンデュアリティというのは、言葉以上のものであり、言葉の意味や解釈では本質を掴むことはできません。
大切なのは、ジョーイロットが言うことろでは「これ」であり、これは言葉で言い表せるものではなく、「生(せい)の体験」そのものです。

その「生の体験」が自分自身の変化を引き起こします。
それは、これまでの人生において築いて来たこの世界の見方とは、大きく異なるため、「生の体験」なくして、ノンデュアリティを理解することは出来ないと言っても過言ではないと思います。

来週、ダイレクトパスとダグラスハーディングの実験のワークショップを行いますが、これはノンデュアリティを本質的に理解するための、「生の体験」を提供しようとするものです。

それを体験した時に起きることは、自分の本質を知ることであり、それはやがて、失われることのない、自由・安堵・安寧を取り戻すということです。