言葉にできない体験

◆悟り・ノンデュアリティ

スピリチュアルな目覚めにおいて、目覚めが進んでいくと言葉にできない体験が多くなってきます。

それは、体験することが、我々の日常的な感覚とはずいぶん離れているとか、あるいは正反対だったりするからです。

例えば・・・

無・空を理解する

スピリチュアルな世界観において、「無」や「空」は重要な概念といわれています。

無・空というと何もないという解釈をしてしまう人が多いのですが、無・空は何もないということではありません。無・空が意味するところは、“何もないの真逆”です。

・・・といった感じで、私たちが通常使っている言葉では正確には表現できないのですが、そもそもそれを表す言葉がないので、通常使っている言葉で表現するしか伝える方法がありません。

しかし、それでも体験したことのほんの一部を語ることができているだけです。

スピリチュアルな目覚めにおいて必要なことは、「知識」と「経験」という両輪です。これは自転車の前輪と後輪のようなもので、どちらか一方だけでは前に進むことはできません。また前輪と後輪のバランスが悪く、片方が大きくて、片方が小さいという状態では、スムーズに前に進むことができません。

しかし、この「知識」と「経験」が、我々が子供から大人への成長の過程で身に着けたものとは、正反対の事柄を必要とすることが良くあります。

そのため、言葉として伝えることが難しいのですが、それでも私たちが伝える手段としてもっとも使えるのは言葉になってしまうため、誤解の可能性を内在していながらも、言葉で伝えるということになります。

なので、単に単語的・辞書的に言葉を捉えるのではなく、その言葉を使っている状況からの推測や行間を読み取っていくことが、スピリチュアルな目覚めを求めるときには必要になります。

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