悟りは自我ではない

悟りを自我と関係づけて語る人が多いように思えますが、悟りというのは自我が静かになり沈静化し、無になった瞬間に起きることです。なので、悟りと自我の間に、関係付けは本来存在しません。

誰かが、悟りを自我と関係づけて語っているとしたら、「その瞬間」を体験していないということです。「その瞬間」を体験すると、悟りと自我というものが、まったくの別物であるということが知識としてではなく、まったくの体験として理解できます。


この記事を書いた人について(1/28更新):

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コメント

  1. よっしー より:

    無になった瞬間を認識するのは自我ではないのですか?

  2. 八雲 より:

    > よっしーさん
    (真の)悟りの経験がない人は、自我が認識すると思ってしまいます。
    (真の)悟りの経験があると、自我ではないことを体験します。
    これは、思考では理解できません。体験するしかありません。
    体験していない人が、思考で色々と考えて書いているものをネットも含めて色々と見かけますが、(真の)悟りはそのような思考を超えた体験です。
    体験してみればわかります。

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