悟ったその先にあるもの
霊的な探求を始めると、多くの人が「悟り」をゴールのように思っています。
「悟りたら全てが分かるのではないか」「悟ったら苦しみがなくなるのではないか」と。
けれど、悟りとはゴールではなく、始まりです。
悟りとは?
「悟り」と何でしょうか?
それは、私たちが「現実」だと思い込んでいたものが「幻想」だったと気づくこと。
社会のルール、常識、正しさ、評価、比較、成功と失敗などなど。
これらは「現実」ではなく、集合意識が作り出した「思い込み」にすぎないと気づいたとき、人は悟りの扉の前に立ちます。
悟りは、「真実を知る」ことではなく、
「幻想を手放す」プロセスです。
悟ると、多くの人が立ち止まる
しかし、悟った後に、多くの人が立ち止まります。
悟ったはずなのに、なぜか生きづらい。
人との距離ができたり、以前楽しめていたことに興味がなくなったり、社会との摩擦を感じたり。
様々な変化が起きます。
なぜなら、悟りとは「常識がもう通用しない」と気づくことであり、新しい生き方を「自分で創っていく段階」に入るからです。
本当の自由とは、自分の魂の声に従って生きること
悟りの先にある「本当の自由」とは、何でしょうか?
それは、誰かが勝手に決めた価値観に従うのではなく、自分の魂の声に従って生きること。
たとえ他人に理解されなくても、自分の魂の声に従い、自分自身との一致を選ぶこと。
・誰かの評価に縛られない
・正解や肩書きに依存しない
「常識」という枠を超えて、自分自身で人生を創り上げていくのです。
悟りの先に待っているのは、“創造”の人生
悟った後の人生は、自分以外の外側に答えを探すのではなく、「自分の内側にある答えで生きる人生」です。
・誰かが与えてくれる安心ではなく、自分が内側で創る安心
・誰かが決めた幸せではなく、自分の感覚で感じる幸せ
・社会的成功ではなく、魂レベルでの充足
つまり、悟りの先にあるのは、
「自分で世界を創っていく人生」=「創造の人生」なのです。
最初は怖い
「悟った後の孤独感」「正解のない道」「誰にもわかってもらえない感覚」
それらを怖いと感じる感覚は正しいのです。それは、あなたが「自由」に生きようとしている証拠です。
悟った後に感じる、違和感や不安は、「本当の自由」への通過儀礼のようなもの。
もう、誰かの作った道の上を歩く必要はありません。
あなたは、あなた自身の光に従って歩くことができる。
それが、悟りの本当の意味なのです。
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