私たちが見ているのは、すべて過去である

私たちが見ているのは、今という瞬間ではない。
すべて過去の映像である。

光の速度は有限であり、目の網膜に光が到達した時点で、それは既に過去の映像である。

その映像から思考が生まれるとき、それは過去について思考しているのである。

それゆえに、思考は、完全なる「今ここ」という瞬間ではない。

完全なる「今ここ」という瞬間には、思考も無ければ、映像もなく、ただ「在る」だけが存在する。

完全なる「今ここ」に居るとき、そこには、何も存在しない事に気づく。

それは、「全てがそこにある無」である。

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