チャネリングでスピリット・ガイドと繋がって、神社に行く道を教えてもらったりしていたが、もはや自分の外側にはガイドはなく、自分の内側にガイドが存在する。
スピリット・ガイドは自分の外側に居ると長らく思っていたのだが、気が付けばそれらは全て自分の内側に存在している。
自分の内側こそが、全宇宙であり全ての存在である。
内なる声は、源泉であり神であり、大いなる存在である。
エゴの言葉と、真の内なる声を聴き分けることが必要であり、それが自分自身という神と繋がる道である。
チャネリングでスピリット・ガイドと繋がって、神社に行く道を教えてもらったりしていたが、もはや自分の外側にはガイドはなく、自分の内側にガイドが存在する。
スピリット・ガイドは自分の外側に居ると長らく思っていたのだが、気が付けばそれらは全て自分の内側に存在している。
自分の内側こそが、全宇宙であり全ての存在である。
内なる声は、源泉であり神であり、大いなる存在である。
エゴの言葉と、真の内なる声を聴き分けることが必要であり、それが自分自身という神と繋がる道である。
コメント
いつもありがとうございます。
「エゴの言葉と、真の内なる声を聴き分けることが必要」
そう思っていますが、最近混乱しています。
最近、やる気が起こらず、怠けてばかりいます。しかし、怠けることで、
(助けてくれる人と巡り合ったりして、自分で抱え込んでいたことが、
かえってスムーズに解決したり、)いい結果がでる場合もあり、
このまま怠けているのが、真の内の声みたいな気がして、
でも同時に頭の中に沸き起こる「それではだめだ」という
戒めの声や将来への不安と葛藤しています。
聴き分けるコツは何でしょうかね?(私は審神力と読んでいますが)
とりとめもない感想ですみません。
> 河野さん
この事に対して、誰にでも適用できる共通の回答というのはないので、あくまでも一般論になりますが・・・
心には二つの側面があり、「過去と未来に行き来する、さ迷える心」と「今という瞬間を、迷いなく生きる心」の二つの側面があり、
「過去と未来に行き来する、さ迷える心」は、エゴ。
「今という瞬間を、迷いなく生きる心」は、真の内なる声。
とすれば分りやすいでしょうか?
物事に対して、「良/悪」とか「好/悪」という「判断」をすると、それは「さ迷える心」を瞬間的に生み出します。
「判断」なく在りままを見る時、「真の内なる声」が、判断ではなく「取るべき行動」を現します。