生は安全なのだ


この記事を書いた人について:

●プロフィール

ITコンサル・エンジニア出身で、スピリチュアルの論理的な説明を得意とします。
これまで2000社以上の神社を参拝し、神様とお話してきました。守護霊・守護神と呼ばれるスピリットガイドは沢山のサポートを得ています。
さらに詳しい説明はリンクを参照してください。

●スピリチュアル・カウンセリング

対面(溜池山王)およびZoomでのスピリチュアル・カウンセリングを行っています。
クライアントさんの魂の深い部分まで観て、カウンセリングを行っていますので、短期的な事から長期的な事まで対応できます。
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●遠隔ヒーリング

・春分、夏至、秋分、冬至・
二至二分(春分、夏至、秋分、冬至)の遠隔ヒーリングを行っています。二至二分の日は、空と地上の空間が近くなり、ヒーリングのエネルギーが届きやすくなり、霊的な成長にもつながるので、年4回行っています。
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詳しい内容は、日程が近くなったらブログに掲載します。
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コメント

  1. ikeda より:

    OSHOの言葉、ありがとうございました。

    何が何だか分からなくなっていたのは自我でした。

    最近ユビキュトスという言葉のシンクロに会いました。

    どうしてこんなに何回も出会うのだろうと思い、

    とうとう仏語辞書を引いたら「神の遍在性」とありました。

    (私は)いつでもどこにでもいます。

  2. 八雲 より:

    フランス語は詳しくないのですが、ユビキュトスは英語だとユビキタス(ubiquitous)になると思います。

    神の遍在性というのは、スピリチュアルな世界観において語られるもので、私という個人から見た時、神はどこか特定の場所に居るのではなく、全体性そのものであるから、遍在するという言葉になります。

    じゃぁ、神社は何なのか?神はそこには居ないのか?という疑問が次に湧いてくるのですが、神社は神の居場所ではなく、そこに行くことで人が神と繋がる場所です。

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