※タイトル変更、一部加筆しました(2011/11/27)
以前の記事で、年間の被曝量上限がなぜ1mSvなのかという考察を掲載していますが、今回は被爆地における強制避難を判断するしきい値が20mSvになっている根拠を考えてみます。
ICRP(国際放射線防護委員会)においては、放射線の仕事に従事する人の被ばく限度20mSvが定められていますが、政府の決定過程を見ていると、子供も20mSvとするなど、それが根拠になっているとは思えないところがあるので、ICRPの定義以外の根拠を考えてみます。
チェルノブイリ事故においては、年間の被曝線量が1mSv以上5mSv未満となる地域は基本的には避難地域とされていますが、住人自身が避難を希望しない場合については、それが認められています。つまり、この地域においては住民が避難するかどうかを自主的に判断できる仕組みがあります。また、5mSv以上の地域は強制的な避難地域となります。
今回の福島の事故においては、強制的な避難地域については、20mSv以上となっており、チェルノブイリの時の値とは大きな違いがあります。なぜ、このような違いがあるのか?
1.数値の根拠と考えられるもの
福島および郡山地域の放射線量を見ていると、1~2μSv/hが多くみられます。ここで2μSv/hとすると、年間では17mSvとなります。
私が考えるところ、福島・郡山地域を避難地域に指定しないということを前提条件として考えると、概算として20mSvという数値が出てきます。では、なぜ福島・郡山地域を避難地域に指定しないかというと・・・
2.地理的条件が与える影響の違い
チェルノブイリは、ウクライナにおいては、北辺地域であり、国にとっては幹線が通過する地域ではない。また、ソ連においては、土地は国家のものなので、強制移住を行うことは民主国家に比べると、比較的容易である。
一方で、福島および郡山地域というのは、東北地域への幹線が集中する地域であり、鉄道・国道・高速道路などの動脈地域である。この点を踏まえれば、ソ連の場合、チェルノブイリ地域を封鎖しても国家的な損失というのは限定的であるが、福島地域を封鎖することは、それより北の地域を分断することになるため、国全体で考えた時、非常に大きな損失をもたらす結果となる。
つまり、福島および郡山地域を封鎖することは、国の経済を低下させて、その結果として、これらの地域への支援のための財政的な基盤すら失うことになりかねない。
3.政治的な判断
福島および郡山を避難地域にすることは、国家的な意味で大きな損失をまねくことになる。しかし、福島および郡山地域の放射線量を考えると、その地域に居住する人の健康被害は大きな問題である。ここで、考えなければならないのは、国全体の経済的な健全性と福島および郡山地域の住民の健康を守るという究極的な判断になってしまう。
つまり、次のうちのどちらかを選択せざるを得ないということです。
(1)福島および郡山地域の人々の健康を守る為に、避難地域に指定しここから北の東北地域を分断する。その結果として東北地域の経済は劣化し、そして国の財政状態も低下することになる。国の財政が痛むため、東北を支援するための財源も減少し、長期的な支援が難しくなる。
(2)国全体の経済の健全性を守る為に、福島および郡山地域の人々の健康が部分的に損なわれることを容認する。東北地域の経済を維持することができるので、国の財政状態が低下することは避けられ、東北地域の人々を支援するための財政を確保することができる。
このどちらを選択するのかは、難しい問題です。どちらの道を採っても、大きな財政的な負担があることは確かですし、福島および郡山地域の人の健康問題も大切です。
大きな財政的な負担がのしかかるということは、日本の成長がその分だけ停滞すると言うことも言えると思います。
私自身も、どちらの道が正しいのかは、正直なところ分かりません。
この課題は、それぞれの立場で考え、判断することだと思います。
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