2016年 新年参拝:大戸神社

今年の新年参拝その1は、千葉県香取市の大戸神社。

下記リンクの東国三社(香取神宮、鹿島神宮、息栖神社)のページでも紹介していますが、下図を見ても判るとおり、香取神宮、鹿島神宮、息栖神社のレイライン全てに関わり、東国三社レイラインの基礎になる神社です。

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鹿島神宮・香取神宮が神宮として創建された頃は、大和王権がこの二社が東北方面の蝦夷(えみし)という当時敵対する勢力に対して、国境を形成していました。なので、東国三社というのは、国を守る非常に重要な最前線の神社として創建されました。

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神宮というのは、神社より格上の神社という意味がありますが、鹿島・香取神宮が創建された頃に、他に神宮の格付けをされていたのは、伊勢神宮だけです。つまり、鹿島・香取神宮は、当時の大和王権にとっては、それほど重要な神宮だったわけです。

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それほど重要な神宮を創るわけですから、神宮の立ち位置はどこでもよかったわけではなく、国つまり大和王権の防御の上で、それがどこに建っているのかは、非常に重要でした。
そのため、太陽のレイラインを基盤として、風水などの知見も含めた立ち位置を設定したのだと思われます。

東国三社(および大戸神社)の位置関係を見ると、太陽の二至二分などの日の出に対して、非常に正確な位置関係を持っているのが特徴で、これほど正確な位置関係を持っている神社というのは全国的にみても希少です。

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神社の成り立ちを調べる時に、民俗学など学問的には、過去の文献に記載されていることが重視されますが、神社というのは、そもそも祭祀を行う時に臨時に建立された仮設が主流でした。後年になって祭祀が定期的に行われるようになって、神社というものが建物として常設されていったという歴史があります。

ですので、神社(神宮)がいつ創建されたのかは、文献に記載されている創建の時期というのは、常設化された時期であって、神社本来の機能である祭祀が始まった時期ではないということに注意する必要があります。

なので、神社(神宮)が持っている意味合や役割について考える時、それらがどういう位置関係に建っているかということは、文献にも書かれていない神社の過去を物語っているということです。

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神社の位置関係を見れば、大戸神社は東国三社において非常に重要な位置づけを持っている神社なので、東国三社巡りをするのであれば、東国三社巡りのスタートの神社、もしくは締めの神社として、巡るのがお勧めです。

東国三社に関わる重要な神社なのですが、あまり知られていないこともあり、訪れる人も少ない神社ですが、地元の人達に守られているとても良い神社です。

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