宇宙に満ちている無音の音

音のない音

京都滞在二日目は、朝食を摂っているときから、頭の中でずっと「音のない音」が響いていました。

空海が、「この世界は音のない音で満たされている」という意味の言葉を言っていたと思うのですが、ちょっと分りにくいけど「宇宙は、無音の音に満ちている」ということです。

延暦寺で、地蔵菩薩を後にして、根本中堂に向かった時、途中の鐘楼で足が止まります。

この梵鐘の音がまさにそれ!

延暦寺の梵鐘は、無音の音の表現として、別格に良いので動画で撮ってみました(21秒)。
三脚を使っていないので、画面揺れてます(^^;

「宇宙に満ちている無音の音」を、「音」で表すと梵鐘の音になります。その音は通奏低音のように、消えることなく無限に続く音。この時お寺に梵鐘がある理由が分りました。

梵鐘の音は、悟りへの道筋を示すものだったのです。

仏教の基本は悟りにありますから、悟りへの道を歩む時に梵鐘の音は道筋を示してくれるのです。

だから、梵鐘の音を耳で聞くのではなく、心で聴くと分かって来ます。

様々な無音の音を表現する

無音の音には、様々な音が含まれているので、それを人が表現した時には、様々な音や曲として表現されます。梵鐘のような低音もあれば、ベルの高音もあります。

私が好きなものの中では、長屋和哉さんのCD「千の熊野」(リンク)がお勧めです。チベタンベルや仏具のおりんなどを並べて、演奏したもので曲によってはシンセサイザーも使ってますが、音符で表せるような曲ではありません。

自分自身の深い魂に直接響くような演奏で、ライブで聞いた人の中には涙を流してしまう人もいます。

普通の音楽と思って聞くと、リズムやビートがないので、つまらない曲に聞こえてしまします。自分の深い部分に音を直接届けると響いてくるのが分ります。