南北朝時代と後龜山天皇 [4/1更新]

南北朝時代に南朝の公家だったのですが、南北朝を知っている人は少ないと思うので、南北朝および南朝最後の天皇である後龜山天皇について簡単にまとめておきます。

●南北朝

南北朝時代とは、鎌倉時代と室町時代の間の約60年間。
天皇が京都の北朝と吉野の南朝の両方に並立した時代。

天皇が並立したのは、後嵯峨天皇が後継者を明確に定めないまま崩御したことから、後深草天皇の血統(北朝・持明院統)と亀山天皇の血統(南朝・大覚寺統)に分かれ、それぞれが正当性を主張した結果、やがて二つの朝廷が並存する状態に陥った。
南朝側は吉野に宮を構え、両朝は周辺勢力を巻き込みながら長く続く戦乱状態となった。

南朝時代の天皇
96代 後醍醐天皇 1318年 – 1339年 宇多天皇第2皇子
97代 後村上天皇 1339年 – 1368年 後醍醐天皇第7皇子
98代 長慶天皇  1368年 – 1383年 後村上天皇第1皇子
99代 後龜山天皇 1383年 – 1392年 後村上天皇第2皇子
※長慶天皇の在位および在位期間については諸説あり。

南朝勢力の弱体化により1392年に南朝側の後龜山天皇は京都へ赴いて北朝側の後小松天皇に神器を譲渡し、南朝が解消される形で南北朝合一が成立。

●後龜山天皇

※後龜山が正式だが、龜が旧字なので後亀山と記述する。

1350年?/0 賀名生宮?で誕生。
1368年/18 立太子:天皇後継者として指名される。
1383年/33 奈良県五條市栄山寺?にて長慶天皇の譲位を受けて践祚し天皇の地位を受継ぐ

後亀山天皇の在位期間は南朝衰退期に相当しており、威勢を失った南朝にとって、和平による合一は避けられない状態であった。

1392年/42 南北合一下交渉を開始し、南北合一を受諾。
後亀山天皇は三種の神器を携行し吉野を出立し京都大覚寺に到着。三種の神器は北朝・後小松天皇に渡され、南北朝時代は終了。
後亀山天皇の述懐によれば、南北朝合一は自らの運命を天に任せ、民の憂いを除くためだったとしている。

1397年/49 出家し金剛心と号す。隠遁生活に入る。
1410年/60 幕府が南北同一の条件の一つである両統迭立を破ったことに対して、京都を出て吉野に潜幸する。
1416年/66 広橋兼宣らの仲介で大覚寺に還御。
1424年/74 大覚寺で崩御。

【参考】
三省堂 辞書ウェブ編集部による ことばの壺
人名用漢字の新字旧字
第136回 「亀」と「龜」
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/第136回 「亀」と「龜」


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