神護寺 五大虚空蔵 拝観

*前回(リンク)から続く

金堂の薬師如来と脇侍の神仏を拝観した時は、雨模様で気温も湿度も高いので既に汗だく。

神護寺多宝塔の五大虚空蔵菩薩

金堂を出て左手後方の高い場所にある多宝塔に向かいます。

階段を登った先に、多宝塔の入口があります。

この位置からでは全景が見えないので、上記の写真の向かって右側に移動して撮ったのがこちら。

かなり年月が経っているように見えますが、仏塔としては昭和10年に建てられた比較的新しい建物です。しかし、昭和10年というと築80年以上経っています。

多宝塔の入口で、多宝塔の特別拝観料を支払って、関係者に聞くと「ここからは撮っても構わない」ということで撮りました。多宝塔内は撮影禁止なので、五大虚空蔵菩薩に一番近い写真です。

Photoshopで画像処理してみると、正面には大日如来の化身である法界虚空蔵菩薩の上半身が微かに映っています。

多宝塔の堂内に着いたときは、かなり汗だくでした。そのままでは五大虚空蔵を感じられないので、汗が引き落ち着いて五大虚空蔵を良く感じられるまで堂内で参観者の邪魔にならないように手前の隅で座っていました。

手前から見ていると、多くの参観者は五大虚空蔵菩薩をモノとして見ています。つまり仏像という木彫りの像として。

でも仏像の価値は、モノではなく、お像を通じてその先にある形のないもの、虚空蔵菩薩そのものに繋がる所にあります。

汗が引いて落ち着いてくると、五大虚空蔵菩薩という仏像の向こうにある本質と繋がって行きます。

五大虚空蔵菩薩は曼荼羅

本質が分かってくるようになると、五大虚空蔵菩薩という曼荼羅(マンダラ)にたどり着きます。この曼荼羅は、この宇宙を創り出す大元のエネルギーでありダイナミックな働きです。

虚空蔵菩薩は一体で祀られることが多いのですが、その場合はエネルギーを表すけれど働きまで詳細に表すことは難しくなります。

それ故に多宝塔の虚空蔵菩薩は五体で表すことで、そのダイナミックな働きまでも良く感じることが出来ます。

本来比較するものではないけれど、あえて表現するなら、多宝塔の五大虚空蔵菩薩を本社とするなら、これまで参拝してきた関東の虚空蔵菩薩は支社や支店どまり。それくらいの違いがあります。

虚空蔵菩薩は、神護寺多宝塔の像が一番と言われるのも納得です。これは外見的な造りだけではなく、人を魅了するエネルギーもあるから国宝になっていますね。

そうして、五大虚空蔵菩薩のエネルギーを感じ取って自分の内側に送り込み続けます。

多宝塔を出たのは約1時間後でした。

普段は扉が閉まっているのですが、特別拝観の時だけは間近に拝観できるので、これに合わせて参拝して正解でした。

虚空蔵菩薩は宇宙そのもの

拝観して分った事。

簡単に言えば、虚空蔵菩薩は宇宙そのものです。

仏教で「宇宙」というと、大日如来や廬舎那仏などもありますが、これらは別のものではなく、宇宙を表すときの表現の違い、あるいは現れ方の違いになります。

その中でも、虚空蔵は根源的な宇宙のエネルギーを表現しています。

だから、虚空蔵を修法すると、宇宙のあらゆる情報にアクセスが可能となります。

空海が虚空蔵を修法したのは、単に記憶力が付くということだけではなく、宇宙からもたらされる根源的な叡智を手にすることが出来るからなんですね。

五大虚空蔵菩薩を間近に拝観して、そのエネルギーを感じ取ることが出来れば、宇宙の叡智を手にする最初の一歩になります。

目まぐるしい天気

この後は、金堂の下にあるお堂を巡って、帰り支度のため楼門に戻って休みます。
(神護寺境内には、いわゆる御休み処といったものはありません。楼門に縁台があるだけです。)

すると、晴→曇→小雨→大雨→曇→晴と目まぐるしく天気が変わって、まるで天気の曼荼羅。

晴れていたのですが、

やがて、曇になって、

小雨から大雨に、

雨が止んでしばらくすると、晴。

写真右手の書院ではツクツクボウシが鳴き始めました。

このあと、楼門を下りホテルに戻りました。

*神護寺 御王神社に続く

コメント

  1. akismile より:

    こんにちは。

    八雲さんの10月2日の記事(https://en-light.net/archives/28092)を拝読して、
    私もここに行きたい!とピンと来て、
    連休2日目に五大虚空蔵菩薩さまに参拝しました。

    高雄周辺の清々しくも柔らかい空気だけでも来てよかった、と
    思いましたが、
    御堂の中に入り、暫くエネルギーを感じてから手を合わせて拝んだ時の
    不思議な感覚は、言葉にするのが難しいです。

    今まで色んな神社仏閣、自然パワースポットと言われる地域に行きましたが、
    今まで味わった事のない「祈り心地」でした。
    そして、お願い事を心の中で伝えると、
    真ん中の菩薩さまが答えてくださり、

    「その願い事は(もう別の担当がいるから)特にやれることはない。
    でも、せっかくここまでお詣りにきたのだから、
    願いがすんなりと叶うように、道を整えておこう」

    と言われました。
    言葉というより、ニュアンスで受け取った感じです。

    そして、数日後の夜中に、
    激しい吐き気と腹痛で目が覚めて、
    トイレに駆け込み、用を足すと途端にスッキリして
    朝まで寝坊するほどぐっすりと眠りました。

    以後、自分の感覚が変わり、とても気持ちがスッキリしています。

    あの祈り心地はなんだったのだろう?
    と思っていましたが、
    八雲さんのこの記事を読んで、
    宇宙の根源だったのか、
    と腑に落ちました。

    単なる観光で来ている様子の別の参詣者の人たちの願い事も
    等しく、その人に添った形で叶えていらっしゃったように
    見受けられました。

    ちなみに、
    御堂の中に入り、最初に五大虚空蔵菩薩さまを観た時の印象は、

    上質に発酵して、最上級に熟成した仏像だなー、
    平安時代から、どれだけたくさんの人の願いを叶えてきたんだろう?

    でした。

    今も、
    また五大虚空蔵菩薩さまにお会いしたくなりました。
    次回の特別拝観が楽しみです。