宮城県岩沼市にある竹駒神社は、日本三稲荷の一つと言われてます。
※日本三稲荷は諸説あります
広い境内と大きな社殿がとても印象的です。
竹駒神社は、842年に伏見稲荷から勧請されたと言われているので、それ以前にもここには既に神社があったと思われます。
正面に第一鳥居がありますが、
その奥に、かなり古い鳥居が建ってます。
額がちょっと変わっているので、拡大してみると、
なぜか、山の形をしています。額には、右から左へ竹駒神社と書いてあるのですが、竹駒稲荷神社ではありません。
このあたり一帯は、かつては田圃や空き地だったと思われるので、本来なら正確に東を向いた社殿を作るはずなのですが、社殿が正確に東を向いておらず、少し角度が付いてます。
この先をたどっていくと、正確に蔵王山脈の御釜の近くにある蔵王山神社にたどり着きます。
つまり、竹駒神社は稲荷神を勧請する以前から、蔵王山をご神体とする御山信仰の神社であるなら、古い鳥居の額が山の形であるのも理解できます。
蔵王山は、記録が残されている以前にも噴火が起きているので、842年の伏見稲荷の稲荷神勧請以前から、御山信仰があり神社が存在していたとする方が自然です。
また、日本三大稲荷の代表的な社寺はいずれも社名に、伏見稲荷大社、笠間稲荷神社、豊川稲荷、祐徳稲荷神社、最上稲荷などと、「稲荷」の名前が付くのですが、竹駒だけが稲荷の名が付いていないのも、元は稲荷では無かったとするなら納得できます。
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神社が建っている場所は、そもそも良い場所なので、最初に祀られた神がそのまま現代まで繋がっているとは限らず、
②大和王権が支配地を広げる過程で、元々の神ではなく日本書紀・古事記に登場する神に祀り替えされたり
③最初は出雲族が支配していたが、その後支配者が日向族に変わって、強制的に祀り替えさせられたり、神名を強制的に変えさせられたり
というのは、古い神社ほど良くある話です。
そういった変遷は、記録として残っていないことが非常に多いので、神社の公式ホームページを見ても、情報はありません。
しかし、社殿の向きなどにその形跡が残っていることが多く、特に東北地方の神社に行くと、元は御山信仰として建てられたが、その後の変遷で祀り替えとなってしまっている神社を良く見かけます。
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